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Dream Time

by 幸坂かゆり

柿田は強面だった。

しかし、そんな表情も好きな女の子の前ではメロメロに崩されてしまう。

今日もそうだ。バス停の道路を見渡すそのカフェで彼女と待ち合わせをした。柿田にとっては恋人だと思いたい存在の彼女、花代(はなよ)は、柿田を何でも相談できる友人としてしか捉えていないようだ。どうやら今日は柿田にとって一番胸が痛む恋の相談らしいがカフェの席についた途端、花代は人目もはばからず泣き出した。

「あ、泣かないで。みんな見てるし」

柿田はオロオロとハンカチを差し出した。彼女は黙って受け取り、そっと溢れる涙を抑えた。

「何があったの?」

それとなく経緯を聞いてみた。

「好きな人がね。冷たいの。もうきっとあたしのことなんて好きじゃないんだわ」

そう言うと、マスカラがびっしり塗ってある大きな目許からまた涙が溢れ出した。

「そいつ、どういうやつなんだ? 花代ちゃんを泣かせるなんて」

「元はあたしの片思いよ。前に友達とカフェに行った時、その場所で知らないグループがケンカになっちゃって。あたしたち、怖くて動けなくなったわ。そしたら偶然その人が店にいて、みんなを店から追い出しちゃったの。かっこよかった」

「・・・・・・それで?」

「ひと目で好きになっちゃった。素敵だったから。だからね、お礼に行ったの。その店に戻って。そしたら優しい声で、いいよ、って。気をつけてね、あんなのも多いからって」

花代は舌足らずに喋り出し、なかなか話の中心に結びつかない。

「それで、あの、花代ちゃんとその男はつき合ってるの?」

「だって、じゃあいつか、って言ったわ」

・・・・・・まあ、普通の挨拶だ。

「いつの話?」

「その時」

「その後、会ったの?」

「連絡先を教えたわ」

「返事来た?」

「もちろん」

「なんて言ってた?」

「忘れ物をしたんだけど、知らないかって」

柿田は思わずため息をついた。

「何を忘れたの?」

「車のキー」

また、えらいものを忘れる男だな、ドジか。しかし内心少し喜んでしまった。

「とにかく、今日こうして待ち合わせたんだろ? それなら来るはずだよ」

しかし花代は押し黙った。

「電話番号も教えて、何度目かでやっと今日約束できたの」

「うん。それにそいつ、車のキーがなかったら困るだろうし」

「そうだと思うわ、だから、返して欲しいんなら会いましょうって言ったの」

「うん」

「そしたら、脅迫する気か、って・・・・・・」

そう言うと、乾いていたはずの瞼からまたしても大粒の涙が溢れた。

最悪。それが柿田の感想だった。しかし惚れた弱味もあったので、それを隠して何とか相談に乗ろうとしていた。その時、外の窓ガラスをこつこつと叩く音がしたのでそちらに目をやった。

花代が話していた男だった。花代や柿田よりもかなり年上だろう。黒いジャケットを羽織り、決して派手ではないのに遠くから見ても目立つ整った顔の男だった。瞬間的に柿田の心臓が高鳴った気がして慌てた。男は「出よう」と指で合図をして店内には入ってこなかった。柿田と花代はすぐに店を出た。柿田は男の顔を見るなり気勢を張り、半ば怒鳴った。

「どうして彼女を泣かせたりするんだよ!」

男はその様子に目をぱちぱちさせていた。

「電話口で話してたら泣き出しちゃったから、どうしようと思ったんだけど・・・・・・」

「車の鍵を返すのに、脅迫なんて言葉を使われたら誰だってショックだと思う」

「脅迫? そんなこと言ってないぜ」

「じゃあ・・・・・・」

「今日すぐ来れるかい、と聞いただけだ」

聞き間違い。そりゃちぐはぐな反応になるはずだ。

「そうだったの、ごめんなさい。でもちゃんとこうして来たわ」

「キーは?」

「えっと・・・・・・」

花代はバッグの中をごそごそと探し出した。人通りの多い街中で立ち止まるのはとても迷惑だ。

「わかった。車に戻ろう、すぐそこに停めてある」

「あんた、キー持ってるのか!?」

「スペアがある」

柿田は体中の力が抜けた。普通に考えればわかることだった。

「とりあえず仕事まで時間があるんだ。ドライブにでも行こう」

男は、さっさと前を歩き、柿田と花代は慌ててついて行った。シルバーの色をした男の車の前まで来て、どうやって乗ろうか、と柿田が考えている間に花代はさっさと助手席を確保した。どうしてこんな時だけ素早いんだ。そんな訳で柿田だけ後ろに乗る羽目になった。

花代は、男の横顔を盗み見ては、ぽっと頬が染まった。柿田はそんな様子が面白くない。とっととキーを渡してしまえばいいのに。帰りくらい送ってやる。電車だが。

「どこか行きたいところはある?」

男が花代に尋ねた。

「海に行きたい・・・・・・」

小さな声で花代は、それでもはっきりと告げた。

「今からじゃ行ってすぐ帰る事になるけど、いいかい?」

「ええ」

柿田は仏頂面で二人の会話を聞いた。いつもの花代じゃない。絶対この男の雰囲気に飲まれてる、と思った。男はそのまま渋滞の道を巧みに避けて、空いた道を探し出し、車を走らせた。気持ちの良い速度だった。結局3人で普通のドライブになってしまったが。

柿田は男の顔をちらちらと盗み見た。整えられた眉、鼻筋の通ったきれいな鼻、厚めの唇、男はハンサムだった。そしてハンドルを握る手は、敏捷で、程よく肉がついていて、そう・・・・・・セクシーだった。だけど、どこかで見たことがあるような気がする。どこでだったか。柿田が後ろで考えながら俯いていると、男が声をかけてきた。

「大丈夫? 酔ったかい?」

「あ、いや、平気っす・・・・・・」

まさか、セクシーだと考えていたなんて言えない。

「なんだったら、帰る?」

事も無げに花代が問いかける。そこまでうっとうしいのか。要するに男と会えたし、あとは二人きりにしてくれということか。

「せっかく彼氏も来てくれたんだから、一緒に行こう」

男が花代に向かって言った。

「彼氏じゃないわ」

少しきつめに花代は反撃したが、男は聞いていないようだ。柿田はちょっと気分が良くなった。どちらにしてもこの男は花代に気なんてない。せいぜい幼くてかわいい女の子、と言ったところだろう。しかしそれを花代が理解してしまった時、一体どんなことになるのか。

「あの、お仕事忙しいのにごめんなさい」

「いや、いいよ。たまにはこうして息抜きも必要だ」

花代が下を向いてにやけているのが、柿田には手に取るようにわかった。

思いのほか早く、海に着いた。

花代は男に、降りましょう、と言ってはしゃいだ。先ほど柿田の前で散々泣いていた彼女とはえらい違いだ。柿田は荷物持ちのように扱われた。しかし男が何かと柿田をかばうような発言をするので、もう既に「恋のライバル」としてではなく、どこか兄貴のような目で男を見ていた。

そして、ふと目に入る潮風に吹かれる花代は、その色の白さや純粋な雰囲気が可愛かった。街の中で見るよりもずっと可愛かった。柿田は思わずじっと見つめながら、自分は何て情けないのだろう、と思ってしまう。いつも花代の言いなりになって、恋人とも思ってもらえないような自分が。しかもそんな状況に甘んじていることに。

「・・・・・・おれ、車に戻ってるよ」

柿田は、すっかり意気消沈して言った。

「せっかく来たんだし、二人で海を眺めてなよ。オレは車に戻ってるから」

男は、ぽん、と柿田の肩に手をかけた。

「じゃあ、あたしも戻る!」

花代が叫ぶように話に割り込む。

「みんなで戻るか、そろそろ帰ろう」

花代は男の言葉を聞いて、しょげた。

車に戻る道すがら、柿田は男に職業を尋ねた。

「一応、音楽家」

「え!」

道理で見たことのある顔だと思った訳だ。そう考えるとみるみる色んな情報を思い出してくる。だめだ。花代には過ぎた存在だ。だって、この男は・・・・・・。みんなで車に乗り込むと、今来た道を引き返した。花代が一方的に色々なことを喋っていたがその内話は途切れた。しばらくの沈黙の後、花代は不意に後ろにいる柿田の存在を忘れてしまったかのように、男に言った。

「あたしのこと、好き?」

柿田の中の時間が止まった。手だけが別物のように震えている。

男はしばらく黙った。

「どうして黙るの? 何かを迷ってるの?」

「・・・・・・オレは結婚してる」

花代は目を見開いて何も言えないほど、驚いていた。

やっぱり。柿田は顔を覆った。先ほど男の職業を聞いて思い出した時、それも頭の片隅にあったのだ。確かこの男は結婚していたはずだ、と。花代は、また大粒の涙が溢れ、ぽろぽろと泣き出した。

「ひどい……ひどい……」

男にとっても柿田にとっても、何がひどいのか理解に苦しむが、花代はこのドライブで少しでも男に近づけたように思ったのだろう。すると男が車を停めた。

「どうし……」

「後ろに座ってくれる?」

男は花代に言った。

「ひどい!」

そんな言葉を聞いて、さすがに柿田も黙ってはいられない。

「あんた、何だよ。そんなに急に冷たくなるんだったら、最初から教えてやれば良かっただろう!」

「・・・・・・ここは人通りが多い上に信号も多いから泣いたりしたら知らない人間の興味の目に触れるんだよ。彼女に恥をかかせたくないだろう? 二人で後ろに座って。できないならせめて高速に乗るまで、泣かないで欲しい」

男は柿田に目で合図して、花代を後ろに乗せるように促した。花代は頭を垂れて後部座席に移った。そのうなだれる首が細かった。柿田は花代がどんな人間だろうと、守ってあげたいとずっと思っていた。男は柿田のそんな気持ちを見抜いていて先ほどからエールを送ってくれているのかも知れない。

男はカーステレオをかけた。心地良いギターの音。彼は、そっと慰めるように花代の肩に腕を回した。花代も抵抗しなかった。どうやらムードに弱いようだ。ルームミラー越しに柿田と男の目があった。今まで花代に対してしか優しい顔のできない強面の柿田が、思わず照れ笑いを浮かべた。男も微笑み返す。高速は適度に混んでいて、ギターの音色はますます心地良く響いた。

《 Fin 》

 2005年8月11日

解説

こちらも大澤誉志幸さんの曲から想起して書いたものです。自分でもびっくりするほど彼の音楽世界を無視しているので、もしもこれが依頼された仕事だとしたら、とっととクビになっていることでしょう(笑)それと、今回ここに移動するにあたって大澤さんがモデルの「男」の台詞の表現を少々柔らかに変更しました。読み返すと結構ぶっきらぼうで命令口調の言い方が多くて気になったのが理由です。大澤さんを悪者にはしたくないのだ。しかし、だからこそ余計にイメージした音楽とはますます反対を行ってしまうのでした。私が最初にイメージしてこの物語を書こう、と思った曲はこちら。全然違います(笑)↓

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