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ジュークボックスは傷ついてる

by 幸坂かゆり

ライブ会場は熱気に溢れていた。

才能に恵まれた男性シンガー、森谷ヒサシの初のライブ初日。誰もが期待してヒサシの存在を待っていた。その客席の中には、彼と2つ違いの妹、亜美もいた。急に忙しくなった兄とは、幼い頃遊びで一緒に歌っていた。そんな兄のライブを誰より心待ちにしていたのだ。

熱狂的な声援と感嘆のため息と共に、ライブは大成功に終わった。亜美は興奮状態でヒサシの楽屋を訪ねた。

「おう。見に来てくれてサンキュー」

「すごいね!  良かったよ。感動しちゃった。ほら、CDも買っちゃった」

「持ってなかったのかよ」

「普通、身内には贈ってくれるもんじゃないの?」

二人は楽しそうに笑い、周りも暖かい空気に包まれた。亜美は田舎に住んでいるので互いに会うのは久しぶりだった。

「おまえ、ちゃんと泊まる所あるのか?」

「当たり前でしょ? いつまでも子供扱いしないでよね。それよりお父さんとお母さんもいっつも兄ちゃんのこと心配してるよ。たまには電話くらいしなよね」

「はいはい」

「じゃあ、がんばってね」

「おう」

亜美はそのまま、一緒に来た友達と共に楽屋を出た。

「森谷さん、そっけないですねえ」

スタッフの一人が声をかけた。

「普通じゃない?」とヒサシは返事をした。実際、亜美とはメールのやりとりも割と頻繁にしていたので、特別に感慨深くなるということはなかった。しかしずっとプロになる事を夢見ていたヒサシの気持ちを亜美は誰より理解してくれていた。

次の日、亜美からメールが来た。

『CD、すごーく良かったよ!  みんなに薦めておくね!』

ヒサシはメールを読んで微笑んだ。次第にヒサシの曲はドラマやCMに起用されるようになり、注目を浴び、またたく間に有名になっていった。発表されたCDやライブを収めたDVDも大ヒットを記録するようになっていった。

しかし、亜美からの連絡が突然途絶えた。

ヒサシはもちろん忙しかったが、亜美のメールを迷惑に思うことなど一度もなかったし、むしろ家族の温かさを実感できて心待ちにしていたくらいだ。もしかしたら気を使っているのかも知れないと思い、ヒサシから亜美にメールをしてみた。何時間か経ってから亜美からメールが入った。

『兄ちゃん、つまんなくなったね。変な歌い方してるよ』

亜美からのメールにはそれだけ書いてあった。思いもしない返事にヒサシは戸惑い、頭にきたが、どこがつまらないのかその理由が知りたかったので、すぐに自分のCDを聴き直してみた。自分では納得して作っているので分からない。

スタッフに聞いても誰もおかしくないと言う。

「妹さんの音楽の趣味と違うんじゃないですか?」とスタッフは言う。しかし、音楽の趣味が云々と言うよりも亜美は音楽そのものを愛している人間だった。それは兄であるヒサシがよく分かっている。亜美に直接聞くのが一番早いようだ。そう思っていた時、亜美からメールが来た。

『明日、久々にライブハウスでやるでしょ?  あたし一応チケット取ったんだ。会える?』

『もちろん。終わったら楽屋に来いよ』

何気ない文章でありながら、何となくヒサシの背中に緊張が走った。

次の日、予定通りライブは行なわれた。その場所はヒサシがまだ売れない頃にライブを行なっていた場所で、その頃からのファンも来てくれているようだった。開演前にワンドリンクサービスがあり、みんな和やかに開演を待っていた。ヒサシが姿を現すと相変わらずファンは熱狂した。今日は声の調子も良く、バラードでは涙を流すファンもいた。その途中、ヒサシは亜美の姿を見つけた。

しかし、亜美はみんなが喜んでいるヒット曲の途中でヒサシに背を向け、ドリンクを買いに行った。

ライブはアンコールが鳴り止まず、大成功に終わった。

しかしヒサシの胸に達成感はなかった。たったひとり、亜美のせいで……。

亜美がドアをノックして楽屋を訪ねて来た。ヒサシの要望でスタッフは既に席を外していた。亜美はライブということでお洒落をしてきていたが、可愛らしく装ったワンピースや巻いた髪などには似つかわしくないほど無表情だった。

「……普通、花束とか持って来るもんだぜ」

気まずい雰囲気を直そうとヒサシは冗談を口にした。

「あんな歌に花束なんてあげられない」

その言葉を聞いて、ヒサシはカッとして側にある椅子を蹴った。大きな音がして亜美は体をビクッとさせた。

「何なんだよ!  昨日から。俺の歌のどこがおかしいって言うんだ!?」

「……全部だよ」

「具体的に言えよ!  そんなんで分かる訳ないだろう!」

「兄ちゃん、自分で自分の物真似してるんだよ」

ヒサシは一瞬怒りを忘れた。妙なことを言われた気がした。

「……どういう意味だ?」

「初めて聴いた時はすごいと思った。でも、どんどん新しい曲を出して行く内に何だか変だなって思った。聴いていく内に判った。あたし、兄ちゃんの生の歌を聴きに来たのよ。CDを聴きに来たんじゃない。全部CDとおんなじで機械みたいな歌い方して。今日だってまるで録音されたものを聴いてるみたいだった。あんなんじゃ部屋で聴いてる方がマシだよ」

亜美が言葉を言い終わらない内にヒサシは思わず亜美の頬をぶっていた。物音を聞いてスタッフが楽屋に駆け付けた。

「森谷さん!  何してるんですか!」

頬を押さえた亜美の目に涙がどんどん溢れてきてそのまま楽屋を飛び出してしまった。しまった。ヒサシはすぐに亜美を追いかけた。ライブハウスの裏手で見つけ、すぐに亜美を掴まえた。亜美の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。ヒサシはスタッフと相談して、車に亜美を乗せて、彼女の泊まるホテルまで送って行くことにした。

部屋に入ってからずっと亜美はしゃくり上げている。ヒサシはコーヒーを差し出した。

「ごめん。つい頭に血が上って……謝る」

「じゃあ、あたしの言ってることは分かった?」

ヒサシはまっすぐに見つめる亜美から少し目を逸らしながら話した。

「あのさ、ファンはCDとかけ離れたアレンジを求めていないんだよ。CDの曲が馴染んでいるから、それが聴きたいんだよ。分かるか?」

「それは分かってる。でも、まったくおんなじなんておかしいよ。人間でしょ?  今のままじゃ何度繰り返しても同じ歌い方ばっかりのジュークボックスと変わらない。そんな歌じゃ今にみんなに飽きられる。兄ちゃん、もっと素敵な音楽が作れるはずなのにもったいないよ……」

亜美はまた泣き出してしまった。

ヒサシは亜美と歌で遊んでいた頃を思い出していた。

どんな曲も自由に自分の歌い方で歌い、それがどんなに突拍子のないものでも魅力的だった。亜美はそんなヒサシに拍手をして「やっぱり兄ちゃんの歌は最高だね。みんなに届くといいな。あたしの耳だけじゃもったいないよ」なんて言っていた。そして亜美が放った「ジュークボックスと変わらない」という言葉が頭から離れなかった。亜美はずっと傷ついている。ヒサシの1番のファンであるが故に。ヒサシも当然傷ついた。亜美の心の重みの分も。

次の日、涙も乾かないまま家に戻った亜美が一番最初に目にしたニュースでヒサシが事務所を辞めた、と知った。亜美は慌ててヒサシにメールを送信した。

『おう。亜美、電話に切り替えよう。今、部屋にいるから』

「……もしもし。兄ちゃん?」

「無事ついたか。おまえ、あんな顔で帰ってお袋たちを心配させなかったか?」

「そこは大丈夫。感動したってことにしといたから」

ヒサシは亜美の見え見えのウソに苦笑いした。

「それよりニュース見たよ。どうしたの?  辞めたって、なんで?」

「自分で事務所立ち上げるの」

「それまでは?」

「どんなことだってする。でも歌は1からやり直したいんだ。そう決めた」

亜美は心が粟立つような気持ちに駆られた。

「……昨日まで気がつかなかったんだ。俺だって一応自信は持ってた。でもそんな自信、たったひとりのちゃんと聴いてくれるファンの前ではごまかしがきかなかったってことさ。亜美。言ってくれてありがとう。俺は幼い頃、おまえと歌っていたように自由に歌いたい。あの頃、俺が歌った時、おまえ知らないうちにリズムをとってくれただろう?  あの感覚で歌を歌いたいと思ったんだ。だから決心した」

「じゃあ、次に兄ちゃんの歌を聴く時は今度こそ花束持っていくよ」

「おまえ、それより彼氏連れてこい。彼氏」

「へー。本当に連れてっちゃったら、すんごい嫉妬しちゃうんじゃないの?」

「そいつが悪い奴じゃないかどうか見てやるんだよ。ありがたく思え」

「うん」

急に素直に返事をした亜美に拍子抜けすると同時に、ヒサシは鼻の奥がツンとする感覚がこみ上げて来た。

「おまえ……」

「なに?」

「兄貴を泣かすな」

「泣いてるの!?」

「泣かすようなこと言うなって」

「びっくりした」

「……ありがとな。亜美」

「うん……。でも無理はしちゃダメだよ。家族がいるんだから苦しくなったら、骨休めに実家戻っておいでよ。リフレッシュ休暇でさ」

「そうする」

「あ、電池切れる」

「おまえ、充電くらいしとけよ」

「ごめーん、じゃ、またね!  また知らせるんだよ!」

そう言って、けたたましく電話は切れた。電池切れなんて嘘だ。そんなことくらいわかってる。何年おまえの兄貴をやってると思ってるんだ。あれ以上、話を続けたら本格的に泣いてしまうから。だから亜美は恥ずかしさで切ったのだとヒサシにはわかった。愛しい妹。もうおまえにジュークボックスだなんて言わせない。覚悟しとけよ。俺の歌を。そしてヒサシは新たに活動を開始した。

5年後、

ライブ会場は熱気に包まれていた。

一度惜しまれながらも表舞台から消えた男性シンガー、森谷ヒサシの復活ライブの日だった。一時期は名前も忘れ去られるほど公の場に出なかった。多くのタイアップも引き受けずテレビなどで聴かれることがなくなったせいだ。しかしヒサシは約束をした通り、ずっと地道に活動を続けていた。会社を設立した当初から何年かは、なかなか上手く行かなかった。しかしそれでも人気だけで音楽をあまり大事にしないバラエティ色の強い音楽番組からのオファーは断り続けた。

そんなある日、彼の過去の知名度も手伝い、番組で特集が組まれた。偶然新曲が完成したときと重なった。そしてヒサシは歌った。CDの音声の魅力も活かした自分だけの歌い方で歌う、何にも媚びない自分だけの歌を。瞬く間に再度、森谷ヒサシの名前が広まった。昔懐かしい歌手でも何でもなかった。そして今日、誰もが成長したヒサシの歌や曲に酔った。ファン層があの頃とは微妙に変化していて、アイドル視をするファンや当時のファンもいるが、新しい現在のヒサシに惚れ込んだファンの姿も多かった。その客席の中にはもちろん亜美もいた。

そんな兄のライブを亜美は誰より心待ちにして席にいた。

そして、今度こそ心からの拍手をヒサシに送っていた。亜美はあの頃より幾分大人びて、膝の上には花束と、隣にはヒサシによく似た彼氏を連れていた。

《 Fin 》

2005年2月3日

解説

大澤誉志幸さんのアルバムの中の1曲「ジュークボックスは傷ついてる」というタイトルをそのまま拝借しました。楽曲と物語はまるっきり違います。そして今読むと……本当にこそばゆいと言うか……。しかしそんな物語もこうしてバーンと出してしまうのが幸坂かゆりでございます。まだまだ「変に鳥肌が立つシリーズ」行きますよ(笑)

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