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Dance with me

by 幸坂かゆり

あたしはひどく臆病だから、この先一生ひとりのままで過ごすのかも知れない……。

ゆき子は内向的で、ずっとこんなふうに思いながら過ごしていたがそんな彼女の気持ちが揺れているのはこの間行われた高校の学園祭の時からだった。ゆき子はため息をついてベッドに転がる。枕をぎゅっと抱きしめて目を瞑った。とあることを迷っていたのだ。

迷いは学園祭のその日、ダンスが始まったことがきっかけだった。

活発な友人と一緒に行ったは良いが、実は騒がしい場が苦手なので友人がダンスに誘われた途端、ゆき子は取り残され、誰と喋るでもなく動けなくなってしまった。友人は楽しそうに上手に踊っている。相手の男の子も楽しそうだった。そんな友人を尻目に、ふと壁の大きな鏡に目をやるとそこには慣れないヒールの靴を履き、見たこともないドレスを纏ったぎこちない女の子が映っていた。ドレスも靴も友人から借りたもので派手だったし似合わない。自信が持てずそんなふうにいじけてしまう自分が哀れだった。

「来なければ良かった……」

ゆき子は楽しんでいる友人をそのままに、この場を離れようとした。すると誰かが目の前に立った。最初に目に入ったのは胸元。それから目線を上に上げていくと目の前にはとても背の高い青年がいた。他校の生徒だろうか?  ゆき子の通う学校でこんなにお洒落でハンサムな男の子は見かけたことがない。彼はスーツを上手に着こなしていて一瞬ゆき子は見とれた。

「何でこんなとこにいるの? 踊ろうよ」

その彼がゆき子に話しかけた瞬間、ゆき子は、はっと我に返った。

「あたし、下手だからいいの」

ほとんど消え入りそうな声で慌てて断った。

「教えてあげるよ」

「いいの。本当にいいのよ。恥をかかせてしまうわ」

「おいで」

彼に強引に手を取られて、自然に彼の行く方向に歩き出したゆき子だったが、ずっと落ち着かせていた足を急に動かしたものだから自分の足に引っかかり転びそうになった。けれど体は彼の胸にすっぽりおさまって傍から見るととても可愛らしいカップルに映った。

「大丈夫?」

ゆき子は恥ずかしそうに頷いた。彼はゆき子の目の前に立ち、軽くリズムを取りステップを踏んだ。そしてゆき子の手を取ると、あとはもう彼に任せっきりでも平気なくらい踊らせるのが上手で、周りから拍手が沸き起こった。曲が替わり、ダンスはチークになったが、彼はとてもいい香りがしていたのでゆき子は心地良くていつの間にか彼の胸に顔を普通に埋めていた。またしても、はっと気付いて離れようとしたが目が合った彼が優しく微笑んだので目眩がしそうになりながらもそのままの体勢でいた。

しかしその直後、生徒たちが酒を飲んでいると聞きつけた教師らが会場に入って来た。彼はやはり他校の生徒だったらしく、行かなくちゃ、と惜しそうにゆき子を見た。

「連絡先とか教えてもらってもいいかな」

彼は会場を出る前にそうゆき子に言ったがその問いかけは、ゆき子が黙ってしまったため宙を舞った。

「一緒に踊ってくれてありがとう」

彼はひとこと言うと、軽くゆき子を抱き寄せてから会場を出て行った。ゆき子は熱くなった頬のままその場に立ち尽くした。

その日の夜、友人から電話が来た。

「ゆき子ったら! どうして彼に電話番号くらい教えなかったのよ! 気に入ってたじゃない」

友人は一部始終を見ていたらしく、ゆき子をせっついた。

「だって……自信がないわ。あたし」

「そうやってすぐに決めつけるの、ゆき子の悪い癖よ」

「あれはただあの場所で連れのいない女を見つけたからでしょう?」

「違うわよ! あたしだって彼を誘ったのに断られたのよ」

「え?」

「……すっごくいい匂いがしてさ。最初から目をつけてたから誘ったのよ。そしたら『ごめん、誘いたい女の子がいるんだ』って言われたの。彼、最初っからあんたしか目に入ってなかったのよ。それなのにあんたが冷たい態度取ってる内に消えちゃったじゃないの。かわいそうに」

「でも、あんなに突然いなくなるとは思わなかったんだもの……」

「うん、まあね。まさか他の学校の人とは思わなかったもんね」

しかし友人は続けて言う。

「とにかく、あたしが調べてあげたから。近くに何か書く物ある?」

「え? 何を調べたの?」

ゆき子は慌ててペンとメモ用紙を用意した。

「電話番号よ。彼に電話しなさいね。絶対よ、じゃね」

友人はそれだけを告げると電話を切った。ゆき子の手の中に彼の電話番号が残された。時計を見ると時間は午後18時。まだまだ失礼にはならない時間だ。ゆき子の脳裏に彼の顔や、香り、別れる前に不意に抱き寄せられた感触が浮かぶ。ゆき子はそっと電話を手にして丁寧にひとつひとつの数字をプッシュした。しかし繋がりそうになるとあまりの怖さに慌てて電話を切った。

「どうしよう、どうしたらいいの」

ゆき子は、部屋の中をうろうろと歩き回った。そのままでいつの間にか30分も過ぎた。ゆき子はその間ずっと通話しかけてはやめるのを繰り返していた。

「もうよそう。やっぱりだめだわ。こんなの、あたしに向いてない……」

そう思った時、閉め忘れていた窓から不意に風が入って来て彼の電話番号を書いた紙を吹き飛ばした。ゆき子は慌ててメモを追うとバランスを崩して転んでしまった。しかしメモは無事だった。思わず苦笑する。このメモを失くしたら唯一の連絡が途切れる。そして自分のあまりにも慌てた行動で、これほど彼ともう一度話したいと思っていることにイヤでも気づいてしまった。これでラスト。そう自分に言い聞かせてゆき子は深呼吸をした。姿勢を正して深呼吸をすると、通話ボタンを押した。今度は切ってしまわずに。

「もしもし」

3回目のコールで相手が出て、ゆき子は息が詰まった。

「も、もしもし、あの……」

うまく言葉が出てこない。ああ、どう話すかもメモしておけば良かった。ゆき子があたふたしていると相手から話しかけてきた。

「……ゆき子ちゃん?」

「あ……はい!」

裏で友人が手を回していたのだ。必ずゆき子からあなたに電話が行くから待っててね、と。もちろんゆき子はそんなことを知らない。

「あの、そうです。え?  どうして名前を知ってるの?」

「君の友達に聞いた。すごく知りたかったんだ」

甘いセリフ。しかしどう対応して良いのかわからず、またしても黙ってしまう。

「逢いたいんだ。あれから気になって仕方なかった。今週の土曜日空いてるかな?」

「あ、空いてるわ」

ストレートな彼の言葉にゆき子は反射的に返事をしてしまった。

「じゃあ、食事に行こう。迎えに行くよ。実は住所も君の友達に聞いた。勝手に進めちゃってごめん。ここからは本当に僕の意志だよ」

そしてそのまま逢う時間を決めた。彼は自分の名前と住所を告げたあと「連絡をくれてありがとう」と言って切った。

ゆき子は緊張から解き放たれてベッドの上に仰向けに転がった。心臓が騒がしかった。約束は今週の土曜日、19時。彼は学生だったがもうすぐ卒業するので既に免許を持っており、ずっと続けていたアルバイト代を貯めて車も購入していた。その愛車で迎えに来るのだ。

土曜日当日。

部屋の照明もつけ忘れたまま薄暗い中でベッドに座り、動くこともできないほど緊張していたゆき子は時計を見た。19時になった。部屋の外でクラクションが一度鳴る。びくりと体が動いた。そっと窓を開けてレースカーテンから首だけ出して外を覗くと一台の車が家の前に停まっていた。彼が車の中にいた。その姿を認めるとゆき子は緊張が頂点に達して思わずレースカーテンを乱暴に引いた。だめ。絶対にあたしなんか彼と釣り合わない。無理よ。ゆき子はレースカーテンを握ったまま動けなかった。

19時10分。彼はちらりと腕時計を見てから、ゆき子の家の唯一照明のつかない部屋を見つめていた。先ほどその部屋の中から様子を窺うようなゆき子の姿が見えた。そのぎこちない姿に彼はゆき子の臆病を読み取った。彼は車から出た。きっとゆき子はほんの少しだけ後押しするものがあれば動き出せる。何故なら窓から見えた彼女のドレスはこの間の学園祭よりも彼女らしさのある落ち着いたデザインだったから。

彼はゆき子の部屋の窓の前に行った。ゆき子が気づいた。彼はレースカーテンにくるまってうっすらと見えるゆき子に話しかけた。

「僕は初めて見た時から君に釘付けだったよ。踊った時もとても楽しかった。だからこうして会えるなんて夢みたいだったし……怖かったよ」

その言葉にゆき子とレースカーテンが少し反応した。

「怖かったの? あなたが?」

「怖いよ。嫌われたくなかったんだから」

ゆき子の臆病さを刺激しないよう、そっと優しく彼は話しかける。

「顔を見せて」

ゆき子はますます強くレースカーテンを握り締め、とうとう圧力に耐えられなくなったレースカーテンが音を立ててレールから外れ、ゆき子の上にばさりと落ちた。彼は驚いてちいさな声をあげたゆき子のそばに行き、その霧のようなレースカーテンを花嫁のヴェールのように捲った。頬が赤く染まったゆき子の顔が見えた。彼は恥ずかしそうに微笑んだ。

「やっと逢えたね」

「あたし……あなたを失望させちゃうわ。あなた、呆れるわ」

「でも」

彼は、ゆき子の言葉を遮る。

「そのドレスを選んだのは君だろう?」

「どうしてわかったの?」

「この間のドレスとは全然雰囲気が違う。知り合ったばかりだけど今日のドレスは君らしいなって思ったから。そしてそのドレスを着て待っててくれたんだろう? その君の気持ちを止めないで欲しいんだ」

「……。」

「僕が君を守るから」

彼は手を伸ばした。

「出ておいで」

ゆき子は意を決してドレスの裾を翻し、彼が広げる腕の中に飛び込んだ。その体の重みを彼はしっかり受け止めた。ゆき子は再びあの時の彼の感触を思い出した。

「あ、あたしもあなたと同じ想いよ。とても怖いの。でもあなたとこのままで終わりたくないって思ったの」

「嬉しいよ、すごく」

ゆき子の強い気持ちはとうとう彼女自身を動かした。もちろん彼の言葉が後押しをしてくれたおかげでもある。臆病なお姫さまをやっとキャッチできた彼も喜びを隠せなかった。

ふたりが車に乗って町の中に消えた頃、ゆき子の家の側にもう一台停まっていた車にエンジンがかかった。ゆき子の友人が恋人を連れて秘かに様子を窺っていたのだ。いざと言う時には出て行く覚悟もしていたが、今のやりとりをすべて聞いて、ゆき子はもう大丈夫だと判断した。

「まったく世話が焼けるふたりよね。さて、わたしたちもデートの続きをしましょ」

彼女の隣には、ここまで友人のことを心配する愛すべきお節介な彼女を愛している恋人が微笑み、デートの続きをするべく車を走らせた。恋人たちが奏でるダンスは、今宵始まったばかり。

《 Fin 》

2004年10月31日

解説

2004年10月31日に書いたものですが、2018年に入って推敲し、以前の拙ブログ「ソファーの上でロマンスを」からこちらの拙ブログ「g.o.a.t」へと(どどどないやn)移行しました。甘ったるさはありますが、今回移行のために読み返すと、自分の書くものは基本的に変わってないなと痛感しております……。

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